神社崇敬会
   油祖離宮八幡で日使頭祭を開催
  今村会長ら業界代表が参拝
 油の価値に相応しい業界目指す
   
     
   京都府乙訓郡大山崎町の離宮八幡宮で4月7日、恒例の「日使頭祭(ひのとさい)」が開催された。当日は、業界を代表して油祖離宮八幡宮崇敬会が団体参拝を行った。
 午前11時から拝殿において献燈、式神楽等の神事があり、拝殿前では湯立神事( 真参照)が行われた。
 神事終了後には鳥居下において本年の日使頭(ひのかしら)である油祖離宮八幡宮崇敬会会長で日本植物油協会会長を勤める今村隆郎氏(日清オイリオグループ会長)が挨拶を行った。
 今村会長は特にその中で「今日は、寒い中御参列を頂き日使頭祭が無事、厳粛に終了した事にお祝いと、感謝を申し上げたいと思います。私も昨年に引き続き日使頭と云う事で、この裃を着ますと身も心も引き締まる思いがします。この日使頭祭は非常に長い歴史を持つ油の神様を祝う行事である。その中心となるこの油祖離宮八幡宮は貞観元年(西暦859年)に、この山崎の地に御神体が祭られ、翼860年に神社が創建されたと聞いている。その後、幾多の試練を乗り越えて今日まで悠久の歴史を刻んでいる。この日使頭祭の歴史は古文書によると、川向こうの男山にある石清水八幡宮に勅使が渡る儀式を模したものだと言われている。その後、観元年間に一人の神官が荏胡麻の作業技術を開発した。その個人に倣って、この油祖離宮8幡宮が、日本の油脂産業の基礎を築いた油の神様として、私ども油脂関係者は、長年に亘り信仰の念を捧げてきた」
 「この山崎の地は、桂川、木津川、宇治川の三つの川が合流する水上交通の要となる地域である。それ以外にも京都と大阪の境に 置する所であり背後には、天王山が控えており昔から要綱の地として栄えてきた地域である。この様な地の利も含めて山崎で油が発展したのは、時の朝廷や幕府が手厚く保護し、特権を与えた事がある。これにより離宮八幡宮の油は、山崎の油と云う名声が油の利用と共に一気に全国に広がっていったと云う事である。そう云う意味で、油の産業の発祥の地として広く、多くの人に現在まで語り継がれてきた。こうした油の輝かしい歴史を語り継ぐ、そして私ども油脂産業の御加護をお願いする意味で、1986年には、製油業界と油問屋市場が一緒になって、崇敬会と云う親睦会を発足させた。今日御参列の皆様もこの日使頭祭に様々な思いで参拝されたと思うが、崇敬会、私ども油脂業界にとってもこの日使頭祭は、毎年この日に油の価値を改めて再認識し、そしてこの価値に相応しい業界になる様に、今後も一丸となって努力していく事を、油の神様の前で誓う日だと理解している」
 「昨年、日本には2869万人の御客様が海外から来ている。この京都にも700万人の海外からの観光客が来た。この観光客の目的の1つが、世界遺産となった和食を食べる事だと言われている。天ぷらや豚カツは、海外の人にも非常に人気がある。山崎の地で生まれた食用油が今や、長い歴史の中で発展して来て、品種は非常に多様化している。美味しさ健康、品質や技術と云う点でも格段の進歩をし、非常に発展している。そして今では海外の人にも食される時代になってきた。私ども製油産業を取り巻く環境は、まだまだ厳しい物があるが、この油と云う日本の食文化の一つを後世に引き継ぐ為にも更に努力をしていきたいと考えている。最後になるが離宮八幡宮の益々の御隆盛と参列者の御多幸を祈念したい」と語り挨拶を締括った。
 神事終了後には社務所に於て直会(挨拶内容は続報)が行われ、歓談の中油締で全ての日程が終了した。
 
     


Index